山岳遭難・山岳事故 備忘録

過去の山岳事故・遭難の取りまとめBLOG

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

中央アルプス 将棋頭山 雪崩 都立航空高専山岳部

都立航空高専将棋頭雪崩遭難事故 (昭和52年3月31日 発生)について

事件概要 都立航空高専山岳部が春山合宿として中央アルプスの縦走を行った。しかし、途中で荒天となり、いったんは西駒山荘に避難した。予備の燃料及び食料も十分にあったが、「部員の家庭で心配する」等の理由からエスケープして下山することに決定した。しかし、晴天が2日続いて凍結した後に吹雪で大量の新雪が積もった雪面は雪崩やすい状態であった。将棋頭山の山腹をトラバースしている途中で新雪の斜面に密集して行動したため雪崩を誘発して部員8名のうち7名が死亡した。顧問2名は最後尾におり、無事であった。

 遺族が学校と都を相手として損害賠償請求を行った。顧問および都側は一貫して「不可抗力」を主張した。一審では原告の請求が棄却されたが、二審では山岳関係者の協力などもあって、顧問の過失を認めて「公務員による損害」として都への賠償を命じた。

 この事件は、遺族による損害賠償として本格的な民事訴訟となり、判決に至った事例である。また、同時に、同時期の静岡体文協八ケ岳遭難事件(いわゆる「安本訴訟」)、関西大倉山高校山岳部八ケ岳遭難事件、及び先に触れた逗子開成高校八方尾根全員遭難事件などとともに、「無知による無謀遭難事件」の代表的な事例として問題にされた。特に、朝日新聞の本多勝一記者などの記事では再三取り上げられて注目された。

 問題とされたことは、顧問教諭の判断基準である。第1に、安全な小屋からの下山を「家族が心配する」などという理由で決定したことである。晴天の続いた後の新雪は最も雪崩の発生しやすい条件である。通常は雪が落ちつくのを待つのが常識である。次に、下山コースに将棋頭をへるコース(沢ぞいで雪崩地帯を通過する)をとったことである。稜線から尾根をへて下山することが雪山の鉄則である。さらに、第3には、将棋頭の新雪の大斜面を大勢でかけ声さえかけさせて横切った事である。その際、雪面の雪柱による弱層試験すら行っていない。雪面でのトラバースは通常は行わないのが雪山の常識であり、どうしても必要な場合は、弱層試験を行うことが簡単にできる。これらの点からすれば総じて、この顧問には雪山の行動についての基本的な知識と判断能力が全くなかったと判断される。こうした結果、山岳関係者の多くが「無知による無謀遭難」として批判し、2審における原告勝訴・都側の敗訴となったと考えられる。従って事例としては逗子開成高校の場合と同様であろう。また、同様の事例に近いものとして「安本訴訟」があるが、これも「一般公募」による「ハイキング」という名目で5月の八ケ岳(横岳~赤岳)にアイゼンももたない集団を連れていったための滑落死亡事故である。この場合も被告が責任を認める形で「和解」している。(春の横岳~赤岳稜線は、冬よりも滑落しやすい状態にある。通常は雪山中級者がピッケル・アイゼンに加えてザイルを持参して取り組む課題である。)

関連記事



[ 1977/03/31 20:06 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。