山岳遭難・山岳事故 備忘録

過去の山岳事故・遭難の取りまとめBLOG

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

朝日連峰 遭難 山形市立商業高校山岳部

朝日連峰遭難事件 (昭和42年4月5日 発生)について

事件概要 山形市立商業高校山岳部4人が、顧問に引率されて朝日連峰で春山合宿を行なっていたが、途中から悪天となり一人が疲労して倒れたため緊急露営したが凍死した。翌朝、朝食もとらずに出発したが、2名が空腹を訴え、顧問は衰弱していた残りの1名を小屋に避難させるため先行することにし、2名には食事をとってから来るように指示した。しかし、2名は小屋に到着せず、その場で凍死した。6年間に渡り争われたが、判決は無罪。「注意義務違反を認めるにはたらない」とされた。

 この事件は「無罪」となったが、2つの点で注目された。

 その第1は、「課外活動としてのクラブ活動」の業務性について、明確に認めたことである。これは「業務とは、本来人が社会生活上の地位に基づき反復継続して行なう行為であって、かつその行為は他人の生命自体に危害を加える虞あることを必要とするけれども、行為者の目的がこれによって収入を得るにあるとその他の欲望を充すにあるとは問わないと解すべきである。」(最高裁昭和33年4月18日判決)という判例をふまえたものである。今日では、この点は疑い得ない判例として確立している。

 第2には、検察が当時の遭難の多発への社会的な批判の強まりを背景に、登山のリーダーの責任を厳しく問う姿勢に立ったことである。検察は、この事件の場合には「(1)悪天候、悪条件で避難する義務、(2)適当な場所に不時露営する義務、(3)万一前進を続ける場合も状況に応じて臨機休養、摂食、採暖等の措置をとる義務、(4)救護のため必要な措置をなす義務」があったとしている。そして「自己の登山経験と生徒らの体力を過信するの余り、漫然生徒を引率してそのまま」前進した、と禁固8ケ月を求刑した。しかし、判決は、「注意義務違反」については「基準行為」(通常、注意深い人ならばその状況でするであろう行為)を怠ったと「法的に評価できる」ことが必要として、「これを認めるには足らない」として無罪とした。この背景には、このコースが毎年の春山合宿コースであったこと、顧問にはこのコースについての十分な経験と知識があり、前進することが一番安全なコースであったと判断されたことなどがあると考えられる。従って「不幸な事故」と呼ぶことができるだろうが、テント内での凍死は防げなかったとしても、翌日の2名については、「高校生の体力は精神的な衝撃によって急激に失われることがある」という特徴をどのように考えるか、リーダーの判断が問われる部分であろう。

 しかしこの事件は、逗子開成高校八方尾根全員遭難事件などとは根本的に違う。逗子開成の事例(昭和55年12月発生)では、後立山の冬山登山そのものが初めてであり、顧問にも十分な冬山の経験がなかった。このため、荒天にもかかわらず行動し、緊急露営の用意もなくテントに戻ることができないまでに前進し、雪洞を掘ることもなく下山を強行した結果、沢筋に迷い込み全員が遭難死亡したものである。一晩で2m程度のドカ雪が平気で降る後立山の山域と広くて迷いやすいコースの特質を考えれば、この計画そのものに無理があった。さらに、荒天での行動についても論外である。この逗子開成の事件は民事で争われ、和解したが、判決であれば厳しく責任を問うものとなったであろう。(3.都立航空高専将棋頭雪崩遭難事故の場合参照)この場合は、顧問も死亡したため刑事責任は問われなかった。

関連記事



[ 1970/04/05 19:55 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。