山岳遭難・山岳事故 備忘録

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谷川岳一ノ倉 二重遭難 駒草山岳会/岩峰山岳会(救助隊)

谷川岳で二重遭難、6人死亡
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昭和42年1月3日午後10時に群馬県の沼田署に、新潟県三条市の駒草山岳会の3人が1月1日に谷川岳一ノ倉沢から頂上へ向かったきり1月3日夕方になっても下山しないと届出があった。駒草山岳会10人は3パーティで谷川岳に向かい、残りの2パーティ7人は1月2日夕方に下山していた。1月7日午前9時、肩ノ小屋から1km離れた東尾根近くの雪穴に救助隊は3人を発見したが、300mまでの距離まで近づきながら雪崩の危険から救助が出来なかった。
 
1月10日午前10時、マチガ沢出合上部にテントを張っていた救助隊を雪崩が襲い、岩峰山岳会の男性3人(26、23、22)と駒草山岳会の男性2人(25、23)が死亡した。救助隊は10人いたが、出合の避難小屋が床板を燃やされて窓が壊されるなど登山者に荒らされて使えなくなっており、うち5人はテントを小屋の中へ、そして雪崩に遭った5人は外にテントを張っていた。1月11日午前10時10分、朝日新聞社のヘリが東尾根で赤旗を振っている遭難した3人のうちの1人の男性(24)を発見して救助し、午後3時にはもう1人の男性(26)も救助した。しかし残りの1人の男性(23)は1月9日に死亡していた。
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[ 1967/01/03 19:50 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)
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