山岳遭難・山岳事故 備忘録

過去の山岳事故・遭難の取りまとめBLOG

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大雪山 旭岳 遭難 北海道学芸大函館分校山岳部

昭和37年12月24日から北海道大雪山系へと冬山縦走訓練に出向いた北海道学芸大函館分校山岳部の11人は吹雪の旭岳(2290m)へ登る途中で遭難し、昭和38年1月1日午後1時に上川郡東川町勇駒別温泉白雲荘に助けを求めたリーダーの4年生(24)を除く10人が死亡した。
 
昭和37年12月24日午前11時にB班は天人峡をスタート、12月28日午後1時に白雲岳石室に着くが、合流する筈のA班が現れなかった。12月29日午前7時に北海岳斜面を登っているA班を発見して合流となり、午後10時に旭岳北西斜面でキャンプを張った。12月30日午前8時、ブリザードが襲い、午前11時30分にテントを撤収して熊岳最低鞍部(あんぶ)を目指したが失敗し、旭岳北西斜面に雪穴を掘った。午後7時に食事を待っていた際に天井に穴が開いて石油ストーブ、燃料、食料、靴、手袋などが雪に埋まり、一行は「雪山賛歌」を歌いしのいだ。
 
12月31日には旭岳に登頂し、A班が目印に残したペナントを頼りに下山して食料や燃料2日分のある旭岳石室を目指したが、靴を片足だけしか履いていない2年生(21)が噴火口に転落死してこの2年生を探しているうちに待っていたほか5人も行方不明となった。その後、残された5人は旭平に雪穴を掘った。5人のうち歩けるリーダーと2年生(20)の2人が昭和38年1月1日に下山したが2年生は途中で衰弱して死亡し、リーダーだけ午後1時に勇駒別温泉にたどり着いたという。リーダーはその後、凍傷により両足踵切断となった。
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[ 1962/12/31 18:39 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)
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