山岳遭難・山岳事故 備忘録

過去の山岳事故・遭難の取りまとめBLOG

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トムラウシ山 気象/疲労/低体温 ツアー客/アミューズトラベル

トムラウシ山の惨事
2009年07月18日 15時11分
 トムラウシ山で中高年の登山ツアー客18人が遭難し、8人の命を奪った遭難事故。ツアー客はどういう状況下で山頂を目指したのか。夏山での惨状を報告する。
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トムラウシ山短縮登山口から遭難者の捜索・救助に向けて入山する道警職員(17日午前3時55分、塩原真撮影)
暴風雨の中 出発
生還へ「歩こう」 意識失う仲間、全員散り散り
 「死んでしまうと思うぐらい寒くて、とにかく下りてきた。2人は意識がもうろうとしていた。ガイドが先に行けと言うので、全員が散り散りになった」

 登山ツアーの1人、戸田新介さん(65)は17日午前4時半、東大雪荘に極度に疲労した様子で現れ「女の人たちはしゃがみこんでいて(死んでしまうから)歩こうと言ったが、ダメだった」と無念さをにじませた。

午前5時半出発
 ツアーは16日午前5時半、ヒサゴ沼避難小屋を出発した。小屋に宿泊していた登山客によると、当時、小屋には、18人のツアー客と、静岡県の6人のパーティー、2人の夫婦の3組が宿泊。2人の夫婦は旭岳に北上するルートのため、ツアー客と静岡のパーティーの2組がトムラウシに向かった。

 かろうじて生還した静岡のパーティーのリーダー男性(66)は「前日から雨風がすごかったが、当日未明にちょっとおさまり、前線が通り過ぎたと思って出発した。特に風が強く、雨は降っていた」と出発当時の気象を語る。




このペースやばい
 ツアー客が午前5時半、静岡のパーティーが同5時35分に小屋を出発。ツアー客に200メートル遅れて、静岡のパーティーが歩いていた。「このペースではやばい」。男性は危険を感じた。強さを増す暴風雨。「真冬のような寒さでは体力が消耗する。前日、体力を温存したが、山頂前の岩場あたりで時間的にもまずいと思った」。午前9時、ツアー客が2度目の休憩中に、静岡の6人は追い越した。

 この男性と一緒に山を登った女性は登山歴50年のベテラン。「ツアーの女性は足がすくんで動けないようだった。私だって17キロの荷物を背負っていても、吹き飛ばされたぐらい風が強かった」と言葉少なげに語った。

 リーダー男性は「山頂の湖が海原のように波打ち、風に飛ばされた水しぶきが吹きつけてきて、立っていられない。四つんばいで進んだ。われわれもツアー客と同じように危険だった。仲間の1人が遭難しそうだったが、私が女性の荷物をかつぎ、助け合って頑張ってなんとか下りてきた」と語る。

隠れる場所なし


自力で無事下山し、車に乗り込んだツアー参加者
 トムラウシ山に年7、8回は登るという、十勝山岳連盟の太田紘文会長(69)は「20−25メートルの風では、ツェルト(非常用テント)はもたない。テントもはじめから立てていないと無理」と語る。特に7人が発見され、うち4人が犠牲になった北沼は「頂上も含め、半径2キロは隠れるところも何もない。風の吹き抜ける場所」。

 ツアーの企画会社・アミューズトラベルによると、ガイドを務めた3人はいずれも登山経験は豊富だったが、2人は同コースは初めて。

 太田会長は「挑戦と無謀は違う。天候判断には臆病になるくらいでないと」と指摘する。自然の驚異に逆らった行動の判断はどうだったのか−。山岳史上に残る大惨事が起こるのは、必然ともいえた。

トムラウシ山南側の前トム平からの眺め。好天時は広々した景観が広がり、中高年に人気の登山コースだ(2004年9月撮影)
「誤り」招く強行出発
登山ブームに潜む危険
「引き返す勇気必要」
 「ひとことでいえば、余裕のない行程で、天候判断よりも強行を決断した行動判断の誤り。最近のツアー動向を見ていると、いつかは事故が起きると思っていたが…。ツアー参加者が多いため、大惨事になってしまった」。十勝山岳連盟の太田紘文会長(69)は、地元・トムラウシ山(2141メートル)で一夜にして9人の命が奪われた悔しさをにじませる。

 大雪山系のほぼ中央に位置する独立峰・トムラウシ山は、日本百名山の1つにも数えられ、多くの登山者のあこがれの山。登山人気に加え、昨今の健康志向ブームもあり、中高年の登山熱は高い。80歳近い人が、百名山の最後に残った山として来ることもあるという。

事故、過去最多8割以上中高年
 一方でブームの裏には危険も見える。警察庁によると、国内の山岳遭難は昨年、件数、人数、死者ともに過去最多で、8−9割は40歳以上。トムラウシ山の登山ルートはいずれもアプローチが長く、上級者向けといわれている。

 「日帰りでも10−12時間行程。ロープなどを使うわけではないが、体力的なものと天候判断も含め、厳しい山」と地元山岳関係者。「訓練ではなく、楽しむために来ているはず。年齢を考えれば余裕を持って登ってほしい」と、今回の救助にも携わった新得山岳会の小西則幸事務局長(57)は訴える。





「いかに危険を回避して安全に登るかを考えてほしい」などと語る太田会長
避難小屋頼りの宿泊計画タブー
 太田会長は、本州からの一部ツアーには今回のように、テントを張らずに避難小屋を目指すケースも多いと指摘する。北アルプスなどは2、3キロごとに管理人付きの小屋があるが、東大雪は天候に恵まれても8時間も歩かないとたどり着かず、「避難小屋の宿泊を目的に渡り歩いてくるのはタブー」。

 さらに好天前提で余裕のない行程にも疑問を投げかける。アミューズトラベルの松下政市社長は記者会見で、日程に縛られて安全を害することは「なかったと思う」と語った。だが事故当日、登山を取りやめたり、引き返してきた人も多かった。

 「計画があるから、早く温泉まで行こうという気持ちが強かったのでは。ヒサゴ沼(避難小屋)に引き返す勇気が必要だった」と太田会長。地元ツアー会社では、登山に必ず平地での観光日程を入れ、山での万一に備えるところもある。別の山岳関係者からは「北海道の山をなめている」と怒りの声も上がっている。

参加者とガイド割合に疑問の声
 18人に対してガイドが3人という割合も問題視される。しかも2人はトムラウシ山は初めてだった。ガイドパーティーは、山岳会のパーティーと違い、あちこちからの集合体。関係者からは「連帯感がなかったのでは」との声も漏れる。「体調も経験も実力もお互いによく分からない中では、さらに判断を慎重にしなくてはならなかった」と、登山専門誌の男性編集部員(41)。

 経験や体力の差が、いざというときに出る。無理な行程を取るとその差は開く。今回はちりぢりになり、生死を分ける差となった。名実ともに自力で生き延びるしかなくなった。ガイドの指示、判断がどうだったかは今後の捜査で明らかになるが「全員を把握するには4人に1人くらいは必要とされる」との見方もあり、そこに原因の1つはあると見る専門家は多い。

 花が多く、変化に富んだ素晴らしい山といわれるトムラウシ山。「中高年対象の講習を21回行っているが、その受講生で遭難で亡くなった人はいない。難しいことではない。常に基本に、初心に帰ること」(太田会長)。東大雪荘によると、事故発生後、行程延期など、天候判断に慎重な登山者が増えたという。大きな犠牲を払ってしまった今、後に続く人たちが教訓にできるか試される
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[ 2009/07/18 00:00 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)
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