山岳遭難・山岳事故 備忘録

過去の山岳事故・遭難の取りまとめBLOG

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トムラウシ山 大量遭難 低体温症

  日刊スポーツ 2009年7月18日9時35分
 北海道・大雪山系のトムラウシ山(2141メートル)、美瑛岳(2052メートル)で登山ツアー客らが遭難した事故で17日、50~60代の男女10人の死亡が確認された。トムラウシ山ではツアー客7人とガイド1人、単独登山の男性1人、美瑛岳では女性1人が死亡。夏山の遭難事故としては史上最悪の規模となった。道警は登山計画や安全管理に問題がなかったか、業務上過失致死容疑で捜査を開始した。

 日本百名山・トムラウシ山が山に魅せられた中高年の登山客に牙をむいた。山頂付近に花畑や沼が点在し、多くの登山愛好家あこがれの地。しかし山上の避難小屋で夜を明かすと、絵はがきのような風景は地獄絵図に変わっていた。

 ツアー客19人は16日早朝に山頂を目指し出発。他の登山客によると当日は「四つんばいでないと歩けない」ほどの強風で、雨が全身を濡らした。まず女性1人が体調悪化を訴え、ガイドとともに山頂付近にとどまった。すると他のメンバーも足を踏み外して転倒するなどして次々に脱落。残りのメンバーは下山を強行したが、気づくとその一行もばらばらになっていた。

 山の風速は、1メートルにつき体感温度が1度下がるといわれる。札幌管区気象台によると、19人が登り始めた14日は晴天だったが、15日に天候は一転。16日には風速20~25メートルの強風と雨が降り始めた。山頂の気温は7度前後、体感温度は氷点下だったとみられている。

 今回のツアーは、登山専門の旅行会社「アミューズトラベル」(本社東京千代田区)催行の「大雪山 旭岳~トムラウシ山縦走」。参加者は広島市、名古屋市、仙台市から出発した中高年男女19人。4泊5日で高低差約1900メートル、道のり約40キロ、計28時間歩く強行軍で、参加者は70歳以下限定。過去16回のツアーで事故はなかったという。同社によると同行したガイド3人のうち、1人だけがこの行程を十数回経験していたが、ほかの2人は同社のガイドとしては初行程だったという。

 単独登山の1人、美瑛岳の1人と合わせ夏山の遭難事故としては史上最悪の規模の10人が死亡したが、そのうち少なくとも6人の死因は全身に障害が出る「低体温症」だった。

 北海道警はツアー会社やガイドらの安全管理に問題がなかったか、業務上過失致死の疑いで捜査を始めた。「アミューズトラベル」の松下政市社長はこの日、北海道帯広市で会見し「けじめをつけるため社長を辞任する」と表明した。

 登山家の田部井淳子さんは「(体が)ぬれた状態で風が吹くと体温が急激に下がり低体温症になるケースがある。突然歩けなくなり意識がなくなることもある。ツアーだと飛行機などの予定が決まっているために行動計画に無理をしていなかったのか。ガイドがなぜ今回の判断をしたのか疑問だ」と話している。
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[ 2009/07/16 00:00 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

トムラウシ山 気象/疲労/低体温 ツアー客/アミューズトラベル

トムラウシ山の惨事
2009年07月18日 15時11分
 トムラウシ山で中高年の登山ツアー客18人が遭難し、8人の命を奪った遭難事故。ツアー客はどういう状況下で山頂を目指したのか。夏山での惨状を報告する。
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トムラウシ山短縮登山口から遭難者の捜索・救助に向けて入山する道警職員(17日午前3時55分、塩原真撮影)
暴風雨の中 出発
生還へ「歩こう」 意識失う仲間、全員散り散り
 「死んでしまうと思うぐらい寒くて、とにかく下りてきた。2人は意識がもうろうとしていた。ガイドが先に行けと言うので、全員が散り散りになった」

 登山ツアーの1人、戸田新介さん(65)は17日午前4時半、東大雪荘に極度に疲労した様子で現れ「女の人たちはしゃがみこんでいて(死んでしまうから)歩こうと言ったが、ダメだった」と無念さをにじませた。

午前5時半出発
 ツアーは16日午前5時半、ヒサゴ沼避難小屋を出発した。小屋に宿泊していた登山客によると、当時、小屋には、18人のツアー客と、静岡県の6人のパーティー、2人の夫婦の3組が宿泊。2人の夫婦は旭岳に北上するルートのため、ツアー客と静岡のパーティーの2組がトムラウシに向かった。

 かろうじて生還した静岡のパーティーのリーダー男性(66)は「前日から雨風がすごかったが、当日未明にちょっとおさまり、前線が通り過ぎたと思って出発した。特に風が強く、雨は降っていた」と出発当時の気象を語る。




このペースやばい
 ツアー客が午前5時半、静岡のパーティーが同5時35分に小屋を出発。ツアー客に200メートル遅れて、静岡のパーティーが歩いていた。「このペースではやばい」。男性は危険を感じた。強さを増す暴風雨。「真冬のような寒さでは体力が消耗する。前日、体力を温存したが、山頂前の岩場あたりで時間的にもまずいと思った」。午前9時、ツアー客が2度目の休憩中に、静岡の6人は追い越した。

 この男性と一緒に山を登った女性は登山歴50年のベテラン。「ツアーの女性は足がすくんで動けないようだった。私だって17キロの荷物を背負っていても、吹き飛ばされたぐらい風が強かった」と言葉少なげに語った。

 リーダー男性は「山頂の湖が海原のように波打ち、風に飛ばされた水しぶきが吹きつけてきて、立っていられない。四つんばいで進んだ。われわれもツアー客と同じように危険だった。仲間の1人が遭難しそうだったが、私が女性の荷物をかつぎ、助け合って頑張ってなんとか下りてきた」と語る。

隠れる場所なし


自力で無事下山し、車に乗り込んだツアー参加者
 トムラウシ山に年7、8回は登るという、十勝山岳連盟の太田紘文会長(69)は「20−25メートルの風では、ツェルト(非常用テント)はもたない。テントもはじめから立てていないと無理」と語る。特に7人が発見され、うち4人が犠牲になった北沼は「頂上も含め、半径2キロは隠れるところも何もない。風の吹き抜ける場所」。

 ツアーの企画会社・アミューズトラベルによると、ガイドを務めた3人はいずれも登山経験は豊富だったが、2人は同コースは初めて。

 太田会長は「挑戦と無謀は違う。天候判断には臆病になるくらいでないと」と指摘する。自然の驚異に逆らった行動の判断はどうだったのか−。山岳史上に残る大惨事が起こるのは、必然ともいえた。

トムラウシ山南側の前トム平からの眺め。好天時は広々した景観が広がり、中高年に人気の登山コースだ(2004年9月撮影)
「誤り」招く強行出発
登山ブームに潜む危険
「引き返す勇気必要」
 「ひとことでいえば、余裕のない行程で、天候判断よりも強行を決断した行動判断の誤り。最近のツアー動向を見ていると、いつかは事故が起きると思っていたが…。ツアー参加者が多いため、大惨事になってしまった」。十勝山岳連盟の太田紘文会長(69)は、地元・トムラウシ山(2141メートル)で一夜にして9人の命が奪われた悔しさをにじませる。

 大雪山系のほぼ中央に位置する独立峰・トムラウシ山は、日本百名山の1つにも数えられ、多くの登山者のあこがれの山。登山人気に加え、昨今の健康志向ブームもあり、中高年の登山熱は高い。80歳近い人が、百名山の最後に残った山として来ることもあるという。

事故、過去最多8割以上中高年
 一方でブームの裏には危険も見える。警察庁によると、国内の山岳遭難は昨年、件数、人数、死者ともに過去最多で、8−9割は40歳以上。トムラウシ山の登山ルートはいずれもアプローチが長く、上級者向けといわれている。

 「日帰りでも10−12時間行程。ロープなどを使うわけではないが、体力的なものと天候判断も含め、厳しい山」と地元山岳関係者。「訓練ではなく、楽しむために来ているはず。年齢を考えれば余裕を持って登ってほしい」と、今回の救助にも携わった新得山岳会の小西則幸事務局長(57)は訴える。





「いかに危険を回避して安全に登るかを考えてほしい」などと語る太田会長
避難小屋頼りの宿泊計画タブー
 太田会長は、本州からの一部ツアーには今回のように、テントを張らずに避難小屋を目指すケースも多いと指摘する。北アルプスなどは2、3キロごとに管理人付きの小屋があるが、東大雪は天候に恵まれても8時間も歩かないとたどり着かず、「避難小屋の宿泊を目的に渡り歩いてくるのはタブー」。

 さらに好天前提で余裕のない行程にも疑問を投げかける。アミューズトラベルの松下政市社長は記者会見で、日程に縛られて安全を害することは「なかったと思う」と語った。だが事故当日、登山を取りやめたり、引き返してきた人も多かった。

 「計画があるから、早く温泉まで行こうという気持ちが強かったのでは。ヒサゴ沼(避難小屋)に引き返す勇気が必要だった」と太田会長。地元ツアー会社では、登山に必ず平地での観光日程を入れ、山での万一に備えるところもある。別の山岳関係者からは「北海道の山をなめている」と怒りの声も上がっている。

参加者とガイド割合に疑問の声
 18人に対してガイドが3人という割合も問題視される。しかも2人はトムラウシ山は初めてだった。ガイドパーティーは、山岳会のパーティーと違い、あちこちからの集合体。関係者からは「連帯感がなかったのでは」との声も漏れる。「体調も経験も実力もお互いによく分からない中では、さらに判断を慎重にしなくてはならなかった」と、登山専門誌の男性編集部員(41)。

 経験や体力の差が、いざというときに出る。無理な行程を取るとその差は開く。今回はちりぢりになり、生死を分ける差となった。名実ともに自力で生き延びるしかなくなった。ガイドの指示、判断がどうだったかは今後の捜査で明らかになるが「全員を把握するには4人に1人くらいは必要とされる」との見方もあり、そこに原因の1つはあると見る専門家は多い。

 花が多く、変化に富んだ素晴らしい山といわれるトムラウシ山。「中高年対象の講習を21回行っているが、その受講生で遭難で亡くなった人はいない。難しいことではない。常に基本に、初心に帰ること」(太田会長)。東大雪荘によると、事故発生後、行程延期など、天候判断に慎重な登山者が増えたという。大きな犠牲を払ってしまった今、後に続く人たちが教訓にできるか試される


[ 2009/07/18 00:00 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

トムラウシ山遭難ドキュメント

十勝毎日新聞社ニュース
トムラウシ山遭難ドキュメント
2009年07月17日 14時12分

16日午後3時54分  午後3時半に下山予定だった登山ツアー参加者から「トムラウシ山頂付近強風で下山不可能」と携帯電話で110番通報と救助要請
同5時ごろ  新得署に旅行会社を通じて「4人くらいだめかもしれない」という登山者からのメールが届く
同6時ごろ  新得署員3人が同山短縮登山口に車両2台で到着
同8時半ごろ  男性2人、女性3人のグループから新得署に携帯電話で連絡。女性1人が意識不明で、近くに別に倒れている生死不明の男性を目撃したとの内容
同10時ごろ  グループから予定されていた携帯電話の連絡時間。連絡はなし
同10時15分  救急車が短縮登山口に到着
同11時すぎ  新得署に連絡があった携帯電話に電話するも不通
同11時45分  新得町が道を通じ自衛隊に正式に救助要請する
同11時50分  5人のうち亀田通行さん、前田和子さん=いずれも(64)、広島市=が自力下山。2人は当初3人で下山したが、途中で1人と離れたと話す
17日午前0時55分  温泉登山口に長田涼子さん(68)=仙台市=、斐品真次さん(61)=山口県岩国市=が自力で下山
同1時10分  自衛隊員が新得署に到着
同3時半  前田さんの話からツアー客らが離れ離れになった様子が判明し始める
同3時53分  警察、消防署員各3人計6人が短縮登山口から捜索登山を開始
同4時  道警航空隊、自衛隊ヘリコプターなど計3機が順次上空からの捜索を開始
同4時38分  前トム平で女性を発見。ヘリで収容し、短縮登山道から救急車で清水の日赤へ搬送。意識不明
同4時45分ごろ  戸田新介さん(65)=愛知県清須市=が短縮登山口に自力下山
同5時1分  前トム平で女性を発見。呼び掛けに応答なし。ヘリで引き揚げて帯広厚生病院へ搬送。意識不明
同5時16分  真鍋記余子さん(55)=静岡県浜松市=を発見、短縮登山口に降ろし、事情聴取。このときヘリから「1人硬直している」との無線が新得署に
同5時30分  自衛隊地上部隊が北沼付近で3人の生存者と4人が倒れているのを発見
同5時35分  トムラウシ分岐付近で意識不明の男性1人を帯広厚生病院に搬送、死亡が確認
同5時45分  道警ヘリが北沼西側付近で手を振っている2人、同東側に倒れている2人を発見した
同6時32分  南沼キャンプ場付近で寝袋にくるまっている男性1人を、先行していた地上部隊の1人が発見
同6時50分  自衛隊が男性3人、女性4人の救助完了。うち男性1人と女性3人が意識不明
同9時35分  ツアー関係者18人のうち17人の安否判明。生存者9人と死亡者8人と確認された
同9時36分  自衛隊ヘリコプターが南沼東側付近で、ツアー関係者以外の登山客とみられる男性1人の遺体を発見
同10時44分  登山客がコマドリ沢付近の雪渓で倒れている男性を発見し110番通報。男性は「マツモトヒトシ」と名乗り、ツアースタッフの松本仁さん(38)=愛知県一宮市=とみて救助、帯広厚生病院に搬送




[ 2009/07/18 00:00 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)


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